出た瞬しゆん間かん、軽く仰のけ反ぞりました。
帽子の下に仮面をつけていたのです。
太字で大おお雑ざつ把ぱに描いた人の顔。どことなくエスニックな印象です。
衣服も足首まであるポンチョみたいですし。
「な、な、な」
「ああ、これですか、失礼。これは我々のアイデンティティーでして。まあよそ行きの衣装とでも思ってください」
と仮面の下からくぐもった声で言います。
「は、はあ」
リアクションできません。
「ほうほう、南米の守護神ですかな、それは」
祖父が好奇心全開で話しかけます。
「ええ、仮面を作るときに用いた資料が南米の古代文明のもので」
「ふむ、空中庭園で発見されたものを参考にしたようだ」
「よくご存じですね、引退なさった種族とは思えない」
「なに、手て慰なぐさみですよ」祖父がお客さんを室内に手招きします。「さ、お入りなさい。汚くてすまないが」
「いえいえ。では失礼しますよ」
「おい、ランプどかしてくれるかね」
「あ、はいっ」
ああ、ひそかにマイブースにしようと狙ねらっていたわたし好みの暗くて狭い小空間が、本来の用途で用いられてしまう……。
わたしと祖父が並んで座り、対面に仮面氏を迎えます。
「で、どこの里から?」
「ああ、そこの山のふもとで……最近越してきたばかりですがね」
「近いな。片道数時間といったところか」
「いずれまた里の皆さんには改めてご挨あい拶さつを」
「ここの者たちはのんびりしていてね。その時は気楽に来てくれて構わんよ」
「ありがたい。皆さんとはよくやっていきたいものです」
「おい、お茶か何か持ってきなさいよ」
祖父がわたしに命じますが、即座に仮面氏が手を差し出して制止しました。
「あ、いや、我々は……その、戒律がありまして。訪ねた先での飲食には厳しい制限があるのですよ」
「変わった習慣ですな。どこかの少数民族の血筋であられるのかね?」
「まあそのようなものです。口にできるものが限られておりましてな」
「ほほう、あとで詳しくうかがいたいね。そういう話が好きでね」
「ええ、是ぜ非ひ」
「あの、それで……わたしに用……って……?」
消え入りそうな声で尋ねます。
仮面越しに発せられる?この人ちょっとヘンですぅ?プレッシャーがすごいのです。
「ええ、あなたがたいへんご高名なパティシエール(お菓子職人)だとうかがいましたもので」
「え、ええっ?」
パティシエールって!
「我々はそれに目がないものでして、是非一度、その……振る舞っていただけないものかと、ずうずうしくもお願いにうかがったしだいで」
「そ、そんな、その、パティ……じゃない、です……」
両手を腿ももの間にはさんで、わたしは軽くうなずきます。
「今はそういう、資格みたいなものはありませんからな。まあ孫は多少、菓子作りをたしなむようですが」
「しかし我々の里には、うわさが届いてますよ。とてもおいしいお菓子を作られると」
「ぃえ……そんな……です……」
もっと俯うつむいてしまいます。
このまま床に沈んでいきたい気分……。
「素材になるようなものをいくつか持参したのですが、差し支つかえなければ、これを用いて何か……それで、もしよろしければ、今後交易など……」
「おい、今日は菓子は持ってきておらんのか? 今朝方、何か作っていたじゃないか」
祖父が思い出したように言います。
「……フルーツケーキをちょっと……」
「フルーツケーキ!? 素晴らしい……そういう生ものは、なかなか口にできませんな」
「わけてあげたらどうかね」
「あ、えと……じゃあ……」
小走りでバスケットを持ち帰り、包装紙で包んだケーキを三つとも出して、そのままずずいと押しやりました。
季節のフルーツタルト。
野いちごを中心に、フリーズドライの果実数種を用いて仕上げた、パウンドケーキ。挟んであるクリームはほんのりバナナ風味。果実の鮮度に劣るぶん、野いちごはふんだんに用いています。
「さしあげ……さしあげ……」
「なんと!」
「たいしたものではないので……ごにょ」
「感激です。ああ、素晴らしい色いろ艶つやだ。ううむ、もう我が慢まんできませんな。さっそく」
仮面氏はマスクを少しずらして、指先でむしり取ったケーキを口内に押しこみました。
「お、おお……うまい、これはうまい!」
「……ども」
「私はそういう菓子はあまり食べないのでわからんが、君たちの種族は甘いものを好むのかな?」
「それはもう! 菓子こそ我らの生きる原動力といっても良いでしょう。ああ、もう少し、少しだけ……」
仮面氏はたちまちふたつのケーキをたいらげてしまいました。
「ああ、最後のひとつもいただいてしまいたいが、これは皆にも味わってもらわねば」
「生ものですから……おはやめに召し上がって……くださ……」
通気性のない長期保存用の紙で包んでいますが、さすがにケーキは何日も保もちません。
「そうですな。ううむ、もっといろいろなお話をうかがいたいのだが……早く持ち帰らねば。それでもしよければ……先ほどの話だけでも今ご検討いただけませんかな?」
「……え?」
横から祖父が肘ひじで突いてきます。
「おまえと交易をしたいそうだ」
「交易……」
「是ぜ非ひ。我々は独自の技術を持っています。特に今では入手しにくい素材のいくつかを技術復元しておりますので」
「お菓子の材料を?」
「ええ。そうです」
変わった里もあったものです。
今はどこも、自給自足の体制確立を第一にしている関係で、なかなか娯楽品までは手が回らない時代なんですが。
「……材料がいろいろあると、その……助かりますし……えと、その……いいです」
「お引き受けいただけると?」
「は」
「素晴らしい……」仮面氏は勢いよく立ち上がり、わなわなと震ふるえます。歓喜の身震いでした。「すぐ里に戻り、このことを皆に伝えねば……!」
「お帰りかね」
「はい! お名残なごり惜おしいのですが、今日のところはこれで失礼しなければ。この宝が硬くなってしまう前に」
大事そうにケーキを抱えました。
「次はもっとゆっくりしていきなさいよ」
「はい! それでは調ちよう停てい官かん殿! またの機会に!」
仮面氏は突風の慌あわただしさで、事務所をあとにしました。
「はー……」
わたしはプレッシャーから解放されて。ほっと一息。
「人見知り、本当に全然治ってないのだな」
「そんなことより……おじいさん、気付きましたか? 仮面をずらした時……」
「……ん、ああ、あれな」
顔を見合わせ、同時に口を開きます。
「紙っぽかったな」「紙っぽかったです」
まさかとは思います。
思うのですが、否定しきれないのも確かです。
わたしは、ペーパーザウルスやペーパーアニマルが、逐ちく一いちシリーズごとに作られているものだと思いこんでいました。
普通はそう考えますよね。
けど……ひとつの重大な可能性を失念していたようです。
あまりによくできた紙生物。
彼らはゴム動力という信じがたいほど単純な力で、驚おどろくほど緻ち密みつに、かつ長時間活動することができるのです。
なら、より高度な仕組みを発達させていても何ら不思議ではないはず。
たとえば……繁はん殖しよくとか、進化という仕組みを──
「思えば、事務所でおじいさんが拾ったゴミ……」
「よせよせ、考えるだけ野や暮ぼだ」
「これ、ほっといてもいいんですかね?」
「平和的に交易を望んでいるんだから、いいんじゃないかね? おまえだって、今後心おきなく菓子作りができるのだから」
「そうなんですけど……あの、もしかすると……廃はい墟きよで目もく撃げきされたペーパーアニマルって……生態系に適応して……それってつまり……」
祖父は能面のような顔で言います。
「なるようにしかならん。諦あきらめろ」
「……あははははー」
わたしはゆっくりとソファに沈みこみます。
仮面氏の退室により、扉が開け放たれたままの事務所を、妙に紙っぽい蝶ちようがひらひらと優雅に横切っていきました。
妖精さんメモ【丸まり】
妖精さんはてきにおそわれたり大きな音などにおどろいたりすると、体を丸めてボール状になり、身を守ります。これを丸まりといいます。
とてもすばやい妖精さんですが、ボールになっているときなら簡単にゲットできますよ。
丸まっているときは意識もなく、冬眠に近い状たいになっています。
数分ほどでもとに戻り、活どうを再開します。ただそのときには、自分がどうして丸まったのか、きおくを失っていることが多いようです。とってもふしぎ!
『四月期報告』
1.前半期
クスノキの里さと自治行政区では、新規職員の増員にともない、妖精人類(以下、妖精)とヒト人類との交流を試みた。
当初、広域に生活圏を持ち定住しない妖精との対話は、困難を極めることが予想された。
そこで職員考案による新規採集法を実施。結果として四人の妖精との接触に成功した。
この際、接触は極めて平和的かつ合法的に行われ、まったく問題はなかった。
妖精四人にはそれぞれ身体的特徴が認められたものの、多数の個体に混ざった場合、必ずしも決定的な判別材料とはならない。
そこで職員は四人それぞれの命名を提案した。この提案は、個体名を持つ習慣がなく、種族的好奇心に富む彼らに快こころよく受け入れられた。
四人は「きゃっぷ」「なかた」「ちくわ」「さー・くりすとふぁー・まくふぁーれん」と命名され、対話を円滑に進めることが可能となった(図版?参照)。
その後、離り散さん期きにあった妖精の活動状態が集合期へと移行した。
近きん隣りん域いきに暮らしていた妖精の大半が集まったものと見られ、人口は稠ちゆう密みつ化かした。個体数の集合により、文化ならびに科学水準の異常活性が認められるようになった。
この時には、一晩で都市型の巨大遊具が作られるなど、かなり大規模な集合であることがうかがえる。
これらの変化を職員は注意深く、節度をもって観察した。
時には妖精との遊ゆう戯ぎに誘さそわれることもあり、地域交流は考え得る限り最大限順調に行われていて、まったく問題はなかった。
既存の研究報告が示している通り、集合期は比較的短い期間(五?七日)で離散期へ移り変わる。これは妖精という種族特有の、自らの創造物に対する持続的関心の少なさに起因する数字である。平均一週間という数字は、当クスノキの里さとの過去記録と一致するものであり、おおむね信しん頼らいに足るデータだと思われる。
しかし今回は、前例にない期間での移行が起こり、おおよそ三日で妖精は離散していくことになってしまった。この原因については目もつ下か調査中ではあるが、解決の見通しは立っていない。職員の対応に不備があった可能性は否定できないが、我々がいまだ知らない原因によるものかもしれず、早計は避さけるべきであろう。
集合期は文化水準が著いちじるしく上昇しているため、ヒト社会からの過度の影えい響きようが起こらないように留意しなければならない。特に重犯罪などに代表されるヒト人類特有の悪あく弊へいは、より高次の技術体系を持つ妖精社会にとっては極めて有害であるとされる。過度の干渉は調停理事会の理念に反するばかりか、調停業務自体の遂すい行こうを困難にするものである。
そのような観点から考察しても、担当職員の認識に不備があったという事実はなく、妖精たちにとって影響力が強すぎると予測される宗教概がい念ねんなどの伝でん播ぱもなく、実にまったく本当に問題はなかった。
2.後半期
前半期に引き続き、後半期にも集合離散の転変が確認された。
クスノキの里から発する交易道七号線四キロの地点にある、高層都市遺跡を切り開く形で作られた人工的なサバンナが発見された。
職員による調査の結果、多数の妖精がここで擬ぎ似じ的てき原始生活を営いとなんでいることが判明。またこの集団には「なかた」「ちくわ」両氏の姿も見られた。
その生活様式は「人類のあけぼの」を模しているように見え、妖精特有の行動である「ヒト模も倣ほう」であると推測できる。
またサバンナには、恐竜(人類と恐竜が同時期に存在したという事実はないが、これは妖精的な諧かい謔ぎやくの類たぐいと見るべきである)を模倣したペーパークラフト(図版?参照)が多数配置されていた。
ゴム動力によって自発運動するこれらのペーパークラフトは、単純なようでいて極めて複雑な構造をしており、妖精たちの持つ技術がいかに並みはずれているかを再確認させるに足るものだった。
これらは、友好物資(菓子類)の贈与に赴おもむいた職員自らが目もく撃げきした。なおこの接触によって妖精に危害が及ぶなどのアクシデントは一切なく、まったく問題はなかった。
その後、ペーパークラフトには貴重な菓子類を体内に隠す性質があることが判明し、妖精たちに狩しゆ猟りようの概がい念ねんが生じるようになった。ペーパークラフトは自律的に活動しているため、これを停止させて菓子を入手するには、物理的に破は壊かいするしかなかったのである。職員によって狩猟という暴力的な風習が教きよう唆さされたわけでは断じてなく、まったく全然これっぽっちも問題はなかった。
またその後の狩猟生活もごっこ遊びの域を出ることはなく、この点で特に憂ゆう慮りよすべき部分はないと思われる。離り散さん期きへの移行を見届け、視察を終えた。
なおペーパークラフトは相当数がサバンナに解き放されていたようで、それらの一部は狩猟圧の高まりを生き延びていまだ生存している。
一部廃はい墟きよを越えて活動域を広げた個体もあったはずだが、危険性は一切なく、紙であることも考えれば遠からず機能は停止すると思われる。
だがもしかするとペーパークラフトは、活動性を維持するための機能を備えているかもしれず、そのため長期にわたって目撃されたり淘とう汰たされたり自然選択されたり変異したり多様化したりするようなろくでもないことが今後さらにあるかもしれないが、まったく問題なく収束することを内政非干渉の見地に立つ本件とは直接的には無関係な一調ちよう停てい官かんとしては切に祈りたい。
あとがき
はじめまして、田中ロミオです。
ご存じない方も多いかと思います。
あなたのすこやかなる明日のため、このペンネームをインターネットで検索しないようにしてください。特に平成生まれの方が私のペンネームを検索することは法律で今にも禁じられそうです。ご注意ください。
簡単に自己紹介をするなら、私は「ウィンドウズ用アプリケーションソフトに使用されるテキスト・データの作成」を生なり業わいとする者ということになります。
いわゆる貿易商です。
それでいいじゃないですか。よろしくお願いしますよ。
この小説について
とあるご縁でお会いしたガガガ編集部の面々は、たいへん濃い方々でした。
彼らが求める小説は、きっととんがった内容ばかりになるじゃろう。
と広島弁で予測した私は、あえてひとりだけキレイな作風でダークホースしようとして……軽く失敗して横道スピンしてできたのがこの小説です。
この作法をスピンアウトと言います(?うそです)。
当初の予定では、児童文学っぽいタッチで描かれる、短編連作形式の、やろうと思えば金きん太た郎ろう飴あめ的てきストーリーで何巻でも書けてしまう、張り巡らされた伏線とか緻ち密みつな構成とか魅み力りよくあふれる登場人物とか冴さえ渡る推理とか一切必要ない、実にリラックスしたノベルとなり、「みんなー、ぼくの感想文書いてねー」とばかりに小学校の図書室なんかに並べられる予定でした。
もしそのようなものとして完成したなら、私はダークホース行為によって実力以上に印税様になることだってできた気がします。あの世界的魔ま法ほう学園小説の作者のように。
残念ながら非印税様の線が濃厚となってきている今日この頃ごろですが、裏を返せば、私はどこまでも自由だということです。
だからまあ、これはこれでいいんじゃないかなと思うのです。
タイトルについて
「さおだけ屋ってなんで潰つぶれないんですかね? メソッド」に基づく、内容とはそんな関係ないんだけど売れそうなタイトルづくりを目指しました。
カリスマについて
ガガガ文庫のウェブサイトなどでは、カリスマという惹じやつ句くが用いられていることを発見しました。いかにも私はとんだカリスマ野郎です。
それは呼吸をするように人や無人機械から借りてすませるがゆえのカリスマであり、知人が私に対し「ユーって本当にカリスマだよね」と告げる時、表情がこの上なく苦々しいところからも明らかです。人生思い返せば、確かに借りすぎたきらいはあるかもしれません。いろいろなものを借りてまいりました。借りて借りて借りまくりました。そして時には返しました。どうしても返せない時には、別のところから借りて返しました。あの画期的な擬ぎ似じ永久機関(バイシクル機関)の導きに従って。そのカリスマっぷりには親の目にも涙が浮かぶほどですが、しかしまあ、生々しいお金の話はこのくらいにしておきますね。
平成生まれの諸君は、こんな人生にならないよう気をつけていただきたい。
小学館様について
自分がかの小学館様と仕事をしているという事実に愕がく然ぜんとします。
小学館様といえば、コロコロ、小学一?四年生、小一教育技術……まばゆい配本が冴さえ渡るブックメーカーのオーソリティーです。
大手も大手、超大手であり、長いものに巻かれるぞー、というポジティブな気分にさせてくれます。この本だってもしかすると、小中学生……いや、小中学生様に読まれたりすることもあるのでは?
それを考えると挙動不審になりそうです。
小学生様にも読まれる物書きは、光の王国に住んでいると考えます。
できるものなら私だってビー玉やベーゴマやミニカーレースで巨悪を倒す少年の話が書きたい。若い頃ころに懐いだいていた、そんなピュアな気持ちを思い出してしまう今日この頃です。
今後について
最近、本業のスケジュールがダイナミックにムーブしていろいろ大変だったんです。
今回たまたまピンポイントで時間が空いたのですが、突然舞い降りた自由時間の天使が私に「せっかくの休み、口半開きでぼんやりするくらいなら、小説でも書いてゆっくりしたらどうなのサ?」とツンデレ気味に囁ささやくので、頑張って書いてみました。そうしたら普通に全時間仕事をすることになりました。だまされたぜ。
一応、この本には続きがあります。正確には、続けられます。いくらでも。だから伏線のいくつかも胸を張って未回収なんですよー(書かずにおけば波風立たない裏事情)。
機会があれば、またお会いできるかも知れません。
その時は小学校図書室目指して頑張りたいと思いますので、好意的なコメントを書きつづったアンケートハガキをいただけますようよろしくお願い申しあげます。
もちろん手厳しい批判意見もテレパシーにてお受けいたしております。それでは。
【編集部・注】初出 二〇〇七年五月。一部修正 二〇一一年十一月。
田中ロミオ
Romeo Tanaka
1973年生まれ。PCゲーム中心に活動するフリーランスライター。小説の仕事は今回が初。メール返信の遅さと運の悪さに定評がある。
小学館eBooks
人類は衰退しました 1
2012年10月1日 電子書籍版発行
著 者 田中ロミオ
発行人 佐上靖之
編集人 野村敦司
編 集 具志堅勲
発行所 株式会社 小学館
〒101‐8001
東京都千代田区一ツ橋2‐3‐1
s-ebook@shogakukan.co.jp
底 本 2011年11月23日 初版第1刷発行
?ROMEO TANAKA 2012 ISBN978-4-09-451308-0
※ご注意
本作品の全部または一部を無断で複製、転載、改竄、公衆送信すること、および有償無償に関わらず、本データを第三者に譲渡することを禁じます。
個人利用の目的以外での複製など違法行為、もしくは第三者への譲渡をしますと著作権法、その他関連法によって処罰されます。
小学館eBooks
人類は衰退しました 1
田中ロミオ
イラスト 戸部淑
目次
妖精さんたちの、ちきゅう
妖精さんの、あけぼの
四月期報告
あとがき
妖精さんたちの、ちきゅう
ひどい揺れでした。
何十年、あるいは何百年か昔までは舗ほ装そうされていた道も、今は見る影もなく荒れ道になっており、左右から押し寄せる雑草や浮き出た血管のような根っこによって、いよいよ混こん沌とんの様相を呈しつつありました。
そんな道ではなくなろうとしている道を、トレーラーは無む頓とん着ちやくに踏ふみつぶして進んでいきます。
乗り心地は最悪の一言でした。
障害物を踏みしめるたびに、わずかな衝しよう撃げきは増幅され荷台に……ひいてはそこに木箱と一いつ緒しよに収まっているわたしにまで伝わってきます。
荷台での旅は優ゆう雅がなものと決めてかかった自分の愚おろかさが恨めしい。
せっかく花が咲き乱れる街道を旅しているというのに、お尻しりの痛みがひどくては楽しむどころではありません。
気分的にはドナドナに近く。
「素直に助手席に座っていれば……いや」
呟つぶやいて、すぐに却下します。助手席に座るということは、運転席に座っているキャラバン隊長さんとの否いや応おうもない会話にさらされることを意味します。人見知りで焦あせると空から回まわりするわたしにとって、それは神経を削る時間になるはずです。
心とお尻、削れて嬉うれしいのは後者でしょう。
とはいえ、さすがにたまりかねるものがあり、運転席に向かって声をかけます。
深呼吸ひとつを挟んで、
「……あとどのくらいでちゅきますか?」
?かんでしまったのですが、相手も気付かなかったようなので特に言い直さずにおきます。知らない人と話すのはやっぱり苦手。
「三、四時間かね。お天てん道とう様さまが隠れちまわなけりゃね」
巌いわおのような隊長さんは、振り向きもせずに答えます。
短くお礼を口にして、幌ほろの上に傘かさのように張り出した無ぶ骨こつな太陽電池モジュールに思いを馳はせます。
このトレーラーは燃料電池や太陽光などを併用する、今や稼か働どうしているだけでも貴重なハイブリッド・カーだと思われますが、常用しているエネルギー源は一種類だけなのかもです。
途と端たんに不安になってきました。
無料で同席させてもらっている以上、文句など言える筋合いではないのですが。
時速八キロほどの速度で、巨体はのろのろと進んでいきます。
「あと四時間……」
運転席から鼻歌が聞こえはじめます。
うららかな日ひ射ざしを浴びながら運転するのは気持ちよさそうです。
こちらはとうとうお尻しりの痛みに我が慢まんできなくなり、腰を持ち上げるのですが、
「立たない方がいい。それで落ちたヤツもいるから。ちなみにそいつタイヤに巻きこまれてゆっくり死んだけども」
即、元の位置に座ります。
せめて気を紛まぎらわせようと、路肩の向こうに自生している花々を眺めます。
視界の大半を占める黄色は菜の花。
油の材料になったり、漬け物になったりと便利な植物です。でも近くに寄るとアブラムシがびっしりついてたりして、昔のようにあの中に飛びこみたいとは思いません。乙おと女め心ごころは劣化するのです。ちょうど今、荷台の旅に辟へき易えきしているのと同様に。
臀でん部ぶの疼とう痛つうを棚上げするように、ぼんやりと風景を眺めていると、花畑からぴょこんと頭を出したものたちがいました。
「…………」
目があいました。
一秒くらいでしょうか?
逃げるように頭を引っこめてしまいます。
「……まあ」
?彼ら?を見たのは、子供の頃ころ以来になります。
あまりにも唐突で、一いつ瞬しゆんの出来事でしたが、見間違えるはずもありません。
ひと目見たら忘れられない姿をしています。
しくしくと持続するお尻の痛みも忘れ、わたしは笑っていました。
「こんなところにも住んでるんだ」
生息可能なありとあらゆる地域に住んでいると目されながらも、滅めつ多たに人前には姿を見せない彼らです。その不意の遭そう遇ぐうは、わたしの目に幸運の兆きざしのように映りました。
彼らとは友好的につきあっていかねばなりません。
それは《学がく舎しや》最後の卒業生として、わたしが負うべき義務のようなものでした。
荷台のへりによりかかり、?ほおにゆるい風を受けながら、?かみしめるように思い返してみます。
卒業式は三日前のこと。
会場は老ろう朽きゆう化かした講堂。
そんな危険な場所で式を執とり行おこなうなんて、と思われるでしょうが、ご安心を。
老朽化が進みすぎて、崩落するような天てん井じようも、倒とう壊かいするような石壁もほとんど残っておりませんから。
式場に入ると、砂さ礫れきひとつぶ見逃さず磨みがき上げられた床の上、十二の椅い子すがぽつんと寄り添う光景に出くわし、わたしたちはしばし立ち尽くしました。
胸元にさした生花から立ちのぼるひんやりとした香りのせいで、鼻の奥がジンと痺しびれてきます。この生花が萎しおれるまで。それがわたしたちに与えられた、学生としての最後の時間だと意識させられます。
卒業して故郷に帰るだけ。
そのことをわたしはごく軽く、淡々と受け止めていたつもりでした。ところが講堂に入るや否いなや、わたしの風景は突然に霞かすみがかったものへと変へん貌ぼうしてしまったのです。
それは身を貫く予感でした。ことがそれだけではすまないことを告げる。
式には教授陣の他ほかに、多数の列席者が見られました。
しかしその中に、卒業生の親族はほとんど見られません。わたしたちは学がく舎しやに通うために、遠い故郷をあとにして寮りよう生せい活かつをしていたのです。
列席者は学舎ゆかりの教育関係者がほとんどでした。
教授と列席者のどちらもが、卒業生の数より多いのです。
前後からのプレッシャーに挟まれつつ、式典ははじまりました。
式の前、わたしたち全員は「泣かない」宣言を発しました。
大勢の来らい賓ひんの前で泣くのは、いよいよ大人になろうというわたしたちには恥ずかしい行為に思われたのです。
卒業生は十二名しかいないのですから、式はすぐにすみそうなものでした。
ところが、教授陣は壇だん上じようにずらりと横並びに整列し、ひとりひとり卒業生を壇上に立たせ、ことさらゆったりとした態度でコメントを交えながら、ごくていねいに、生演奏されるショパンの別れの曲に乗り、卒業証書の授与を行いました。
全員が泣かされました。ありえない。
コメントの概がい要ようはシンプルだったんです。
教授陣のレジュメがあったとするなら「その生徒との思い出を語って聞かせる」の一言でこと足りるくらい。
それ以外が、技巧の極きわみと言えました。
語ご彙いの選択が適度に卑ひ怯きようで、多彩な修辞がさんざめき、表現の倒置は効果的に認識を揺さぶり、冷れい徹てつに写実したかと思えば、擬ぎ人じん化かした花か鳥ちよう風ふう月げつにあらゆる叙じよ情じようを演じさせ、センテンスの切れ目に浮かぶ静せい寂じやくが饒じよう舌ぜつに伝えるのも束つかの間ま、木ぼく訥とつさをもって畳たたみかける祝辞の輪唱は気付けば韻いん文ぶん学がくの余情をたたえ……それらは壇上に立つ卒業生の双眼が必要以上に潤うるむところで区切りよく軽やかに収しゆう斂れんしていくのです。
どう考えても狙ねらっています。
わたしは一分保もたずに撃げき沈ちんさせられましたが、他の卒業生も似たり寄ったりでした。
人前で感情を見せることを極きよく端たんに嫌いやがる友人Yでさえ、壇上から戻ってきた時には眼鏡めがねの奥で涙ぐんでいたほどです。
考えるに、さんざ苦労させられた生徒たちに対する、教授陣のひそかな仕返しでもあったのではないでしょうか。じゅうぶん、ありえる線だとわたしには思えます。